SLEEP SCIENCE
古典ヨガと睡眠
ヨーガ・スートラとバガヴァッド・ギーター。二千年前の言葉が、眠れない夜に何を教えてくれるのか。

うまくやろうとしなくて、だいじょうぶ
ヨガのポーズを知っていても、その源にある言葉を読んだことのある人は多くありません。古典と呼ばれる二つの書物があります。どちらも二千年ほど前のもので、眠りについて直接語ってはいません。それでも、眠れない夜の心について、驚くほど的確なことを言っています。
ヨーガ・スートラ ― 心を静める技術書
紀元前後にパタンジャリという人物がまとめたとされる、短い言葉を連ねた書物です。全体で百九十五句ほど。詩でも物語でもなく、簡潔な箇条書きに近い形をしています。
冒頭近くに、この書物の全体を要約したような一句があります。「ヨーガとは、心のはたらきを止めること」。ここでいう心のはたらきとは、考えること、思い出すこと、思い込むこと、眠ること、そのすべてを指します。それらが静まったとき、人は本来の自分の場所に落ち着く、と続きます。
スートラが示すのは、心を力ずくで止める方法ではありません。八つの段階を順に踏んでいく道筋です。生き方を整え、姿勢を整え、呼吸を整え、感覚を内に向け、そして集中へ、瞑想へ、深い静けさへと進んでいきます。ポーズと呼吸が三番目と四番目に置かれているのは、そこから先へ進むための土台だからです。
練習と手放すこと
スートラは、心を静めるために二つのことが必要だと言います。ひとつは続けること。長く、休まず、丁寧に。もうひとつは手放すこと。結果への執着を緩めることです。この二つは矛盾しません。やるべきことをやったら、あとは結果を握りしめない。眠りもまた、この二つの間にあります。
バガヴァッド・ギーター ― 迷う人への対話
こちらは物語です。戦場に立った一人の王子が、戦うことをためらい、弓を落として座り込む場面から始まります。目の前にいるのは親族であり、師です。彼は言います、こんな戦いに意味があるのか、と。
その問いに答えるのが、御者として傍らにいたクリシュナです。全十八章にわたる対話は、そのまま生き方についての教えになっています。
ギーターの中でもっとも知られた一節です。やるべきことをやる。しかし、その結果を自分のものとして握りしめない。投げやりになるのとは違います。むしろ逆で、結果を手放したときにこそ、行為そのものに集中できる、という教えです。
ちょうどよさについて
ギーターには、こんな言葉もあります。食べすぎる者にも、まったく食べない者にも、ヨガは成就しない。眠りすぎる者にも、眠らずにいる者にも、同じことが言えます。行いにおいても、休息においても、ほどよくあること。そこにヨガは訪れる、と。
極端を避けるという発想は、二つの古典に共通しています。がんばりすぎない。ゆるめすぎない。二千年前から、答えは同じ場所にありました。
眠れない夜に
眠ろうとするほど眠れなくなるのは、多くの人が経験することです。眠りは、努力して手に入れるものではないからです。やるべきことを整えたら、あとは結果を手放す。ギーターの言葉が、そのまま入眠にあてはまります。
今夜、布団の中で考えごとが止まらなくなったら、止めようとしないでください。止めようとすることも、心のはたらきのひとつです。ただ、考えている自分に気づく。気づいたら、呼吸に戻る。それだけで十分だと、二つの古典は言っています。