SLEEP SCIENCE
睡眠と呼吸法の関係
息を吸う、息を吐く。一日に約2万回のその動きが、眠りのスイッチと直接つながっています。呼吸と自律神経の関係を、原理からたどります。

仕組みがわかると、安心して眠れるよ
「深呼吸をするとリラックスする」。経験として知っている人は多いはずです。でも、なぜそうなるのか。その仕組みを知ると、呼吸の扱い方が変わります。
心臓の拍動を速くしようと思っても、思い通りにはなりません。消化を進めようとしても、腸に指示は出せません。からだの多くは自律神経が自動で調整していて、意識の外にあります。ところが呼吸だけは違う。放っておけば自動で続き、意識を向ければ自分で変えられる。この二重性が、呼吸を特別な存在にしています。
吸うと上がり、吐くと下がる
自律神経には、活動に向かう交感神経と、休息に向かう副交感神経があります。この二つはシーソーのような関係で、どちらかが強く働けば、もう一方は引っ込みます。
呼吸は、このシーソーに直接影響します。息を吸うとき、交感神経がわずかに優位になる。息を吐くとき、副交感神経が優位になる。一回の呼吸のなかで、この切り替わりが起きています。
確かめる方法があります。指を手首にあてて脈をとりながら、ゆっくり息を吸ってみてください。脈がわずかに速くなる。そのまま長く吐いていくと、脈が緩やかになる。呼吸に合わせて心拍が揺れるこの現象は、呼吸性洞性不整脈と呼ばれます。不整脈という名前がついていますが、病気ではありません。むしろ、この揺れがしっかり出ている人ほど、自律神経の調節機能が健やかだと考えられています。
なぜ「吐く」が眠りに向かうのか
眠りに入るには、副交感神経が優位になる必要があります。心拍が落ち着き、血圧が下がり、筋肉の緊張がほどける。この状態を、からだが自分で作れるかどうか。
呼気で副交感神経が優位になるのなら、吐く時間を長くすれば、副交感神経が働く時間が増えます。吸う時間より吐く時間を長くする。これが、眠りに向かう呼吸の基本原理です。
ここで大切なのは、深く吸うことではないという点です。「深呼吸」と聞くと、大きく息を吸い込む動作を想像しがちですが、眠りに向かうときに主役になるのは呼気のほうです。吸うのは、吐くための準備にすぎません。
逆のことも起きます。浅く速い呼吸が続くと、吸気の割合が増え、交感神経が優位になりやすい。緊張したとき、不安なとき、呼吸が浅く速くなるのはこのためです。そして呼吸が浅くなると、さらに緊張が強まる。この循環に入ると、自力では抜け出しにくくなります。
横隔膜という装置
呼吸を担う筋肉のうち、最も大きな役割を果たすのが横隔膜です。肺の下にあるドーム状の筋肉で、これが下がると胸腔が広がり、空気が入ってきます。緩んで上がると、空気が押し出されます。
横隔膜のすぐそばを、迷走神経が走っています。迷走神経は副交感神経の主要な経路で、心臓や消化器につながっています。横隔膜が大きく動くと、この神経が物理的に刺激される。深くゆっくりした呼吸が副交感神経を働かせるのには、こうした解剖学的な背景もあります。
ところが、緊張していると横隔膜はうまく動きません。肩や首の筋肉を使った浅い呼吸になり、胸だけが上下する。この状態では、迷走神経への働きかけも弱くなります。
仰向けに寝て、おなかに手を置いてみてください。息を吸ったときに手が持ち上がれば、横隔膜が動いています。胸だけが動いて、おなかが動かないなら、呼吸が浅くなっているサインです。
呼吸は「整えるもの」ではなく「観るもの」
ここまで原理を説明してきましたが、注意すべきことがあります。呼吸を「正しくやろう」とすると、かえって緊張が生まれるという点です。
何秒吸って何秒止めて何秒吐く。そうした数字に意識を向けると、できているかどうかを判定する意識が働きます。これは評価であり、評価には緊張が伴います。眠ろうとして眠れなくなるのと、同じ構造です。
ヨガの伝統では、呼吸は「制御する」ものであると同時に「観察する」ものとして扱われてきました。まず今の呼吸に気づく。速いなら速いままに気づく。浅いなら浅いままに気づく。気づくと、呼吸は自然に落ち着いていきます。
間(ま)という考え方が、ここで生きてきます。吸気と呼気の間には、わずかな間があります。吐き終わってから次に吸うまでの、何もしていない時間。ここを埋めようと急がずに、そのままにしておく。この間が生まれると、呼吸はひとりでに深くなっていきます。
まとめ
・呼吸は自律神経に自分の意思で触れられる、数少ない入口
・息を吸うと交感神経が、吐くと副交感神経が優位になる
・眠りに向かうときの主役は呼気。吸う時間より吐く時間を長くする
・横隔膜の大きな動きが、迷走神経を通じて副交感神経に働きかける
・呼吸に合わせて心拍が揺れるのは健やかさのしるし(呼吸性洞性不整脈)
・「正しくやろう」とすると緊張が生まれる。まず観ることから
実践へ
今夜、布団に入ったら、まず何もせずに自分の呼吸を眺めてみてください。変えようとせず、ただ気づく。しばらくすると、呼吸が自然に落ち着いてくるのがわかります。
そのうえで、吐く息をほんの少しだけ長くしてみる。数を数える必要はありません。「吸うより吐くほうが長い」という感覚があれば十分です。
メラトニンヨガ™が呼吸を6つの柱のひとつに置いているのは、呼吸が身体・心・自律神経のすべてに同時に触れられるからです。姿勢を変え、呼吸を変えることで、眠りに向かうからだの状態を自分で作れるようになる。その入口が、今夜の一呼吸にあります。
参考
・Zaccaro A, et al. How Breath-Control Can Change Your Life: A Systematic Review on Psycho-Physiological Correlates of Slow Breathing. Front Hum Neurosci. 2018;12:353.
・Gerritsen RJS, Band GPH. Breath of Life: The Respiratory Vagal Stimulation Model of Contemplative Activity. Front Hum Neurosci. 2018;12:397.
・Yasuma F, Hayano J. Respiratory Sinus Arrhythmia: Why Does the Heartbeat Synchronize With Respiratory Rhythm? Chest. 2004;125(2):683-690.
・Russo MA, et al. The physiological effects of slow breathing in the healthy human. Breathe. 2017;13(4):298-309.