SLEEP SCIENCE
睡眠が人生の土台を作るとは?
日本の睡眠不足による経済損失は年間約1,380億ドル。数字の背景にある「なんとなく不調」と、睡眠を土台として捉える考え方を解説します。

今夜から使えるヒントがあるよ
世界でいちばん眠らない国
日本人は、世界でいちばん眠っていません。
OECDが各国の生活時間を調べた統計で、日本人の平均睡眠時間は加盟国のなかで最も短いという結果が続いています。これは一時的な傾向ではなく、何十年も変わらずに指摘され続けてきたことです。
短い睡眠は、長いあいだ美徳として語られてきました。寝る間を惜しんで働く、睡眠時間を削って勉強する。そうした言葉に、私たちは違和感を持たずに育ってきました。
けれども近年、その前提を問い直すデータが積み上がっています。眠らないことは、努力の証ではなく、損失だという見方です。
消えている1,380億ドル
米国のランド研究所は2016年、睡眠不足が各国の経済に与える損失を試算しました。
日本の損失は、年間およそ1,380億ドル。当時のレートで約15兆円にあたります。GDP比では2.92パーセントで、調査対象となった5カ国のなかで最も高い比率でした。
この数字が示しているのは、事故や病気による直接の損害だけではありません。損失の大半を占めているのは、プレゼンティーイズムと呼ばれる状態です。
プレゼンティーイズムとは、出勤はしているけれど本来の力が出ていない状態を指します。休んでいるわけではないので、欠勤としては記録されません。本人も周囲も、問題として認識しないまま日々が過ぎていきます。
その一人ひとりのわずかな低下が、社会全体では15兆円という規模になる。それがこの試算の意味するところです。
「なんとなく不調」の正体
病院に行くほどではない。けれど本調子でもない。
朝から頭が重い。昼過ぎに強い眠気が来る。集中が続かない。イライラしやすい。判断に迷う時間が増える。夜になっても頭が冴えて眠れない。
こうした状態を、私たちは「なんとなく不調」と呼んでやり過ごしています。検査をしても異常は見つからず、病名もつきません。だから対処のしようがないものとして、放置されがちです。
しかし、これらの症状の多くは睡眠の質と量に関係しています。睡眠不足が続くと、注意力が落ち、感情の制御が難しくなり、記憶の定着が悪くなることは、多くの研究で確認されています。
土台という考え方
健康のために何をするかと聞かれたとき、多くの人は運動と食事を挙げます。睡眠は、その次に置かれることが多いものです。
けれども、この三つは並列ではありません。
眠れていない状態で運動をしても、筋肉の修復は進みません。成長ホルモンの多くは深い睡眠のあいだに分泌されるため、トレーニングの効果が出にくくなります。
眠れていない状態で食事を整えても、食欲そのものが乱れます。睡眠不足は食欲を増やすホルモンを増やし、抑えるホルモンを減らすことが知られています。意志の力で食事を制御しようとしても、そもそもの設定値がずれている状態です。
運動も食事も、睡眠という土台の上に乗っています。土台が傾いていれば、その上に何を積んでも安定しません。逆に土台が整えば、同じ努力でも結果が変わってきます。
睡眠を「人生の土台」と呼ぶのは、精神論ではありません。生理学的な順序の話です。
眠りは意志では変えられない
ここで一つ、やっかいな事実があります。
睡眠は、意志の力で改善できません。
「今日は早く寝よう」と決めることはできても、「今から眠ろう」と決めて眠ることはできません。眠りは自律神経が司る領域にあり、意識的な操作を受け付けないからです。
だからこそ、睡眠の改善には仕組みが要ります。
体内時計をどう合わせるか。深部体温をいつ上げていつ下げるか。メラトニンの分泌をどう促すか。交感神経から副交感神経への切り替えを、どうやって滑らかにするか。
これらはすべて、生理学的な現象です。現象である以上、条件を整えれば動きます。光を浴びる時刻、入浴の温度と時間、呼吸の使い方、体を動かすタイミング。一つひとつは地味ですが、順序立てて積み上げれば、眠りは変わります。
私たちがメラトニンヨガという方法をつくったのは、この仕組みを実践のかたちにするためです。気合いや根性ではなく、体の仕組みに沿って眠りへ向かう。そのための手順が必要だと考えました。
余白としての「間」
ここまで経済の話をしてきましたが、私たちが本当に目指しているのは、数字の改善ではありません。
睡眠が整うと、人には余裕が生まれます。
朝、時間に追われずに支度ができる。人の話を最後まで聞ける。子どもの言葉に苛立たずに応じられる。急いで決めなくてもいいことを、急いで決めなくなる。
日本語には「間」という言葉があります。音と音のあいだ、動作と動作のあいだ、言葉と言葉のあいだ。何もない時間のことですが、そこにこそ質が宿るという考え方が、この国の文化には古くからあります。
睡眠不足の状態では、この「間」が失われます。常に何かに追われ、反応するだけの日々になります。判断は雑になり、関係はぎくしゃくし、余裕のなさが周囲に伝染していきます。
一人ひとりの眠りが整うことは、一人ひとりに「間」が戻ることです。そしてそれは、社会全体の余裕につながっていきます。
はじめの一歩
睡眠を変えることは、生活を変えることです。
とはいえ、何から手をつければいいのかは、人によって違います。夜型の生活リズムが問題の人もいれば、寝る前の過ごし方が問題の人もいます。ストレスによる覚醒が原因の場合もあれば、睡眠時無呼吸のように医療の対象となる場合もあります。
自分の睡眠がいまどういう状態にあるのか。どこから整えるのが効果的なのか。それを知ることが、はじめの一歩になります。
Sleep Wellness Institute Japan では、認定講師が一人ひとりの状態に合わせて、実践の順序を組み立てています。何をどの順番で始めるか。それが決まれば、あとは続けるだけです。
眠りは、意志ではなく仕組みで変わります。